企業のビジネス活動を通じて築き上げられるブランドは、形のない貴重な財産であって、その形がないブランドを守る有力な手段が「商標登録」です。ブランドについて商標登録することで、企業は強い排他的効力を有する「商標権」を取得し、他者による無断使用を排除してビジネスを行い、ブランドの価値の一層の向上を図ることができます。
本稿では、1.商標出願をする前に知っておくべきこと、2.商標登録をするメリットとしない場合のリスク、3.商標出願から登録までの流れと注意点について詳しく解説しています。
商標制度とは、自社の商品・役務(サービス)(以下「役務」といいます。)と他社の商品・役務の差別化を図る役割を有する「商標」に「商標権」という独占排他権を与えることによって「商標」を保護する制度をいいます。「商標権」は、特許庁に設定登録されることによって発生します。
「商標」とは、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの(標章)であって、商品・役務について使用をするものをいいます。
以前の標章は、文字、図形、記号、立体的形状やこれらを組み合わせたものに限られていましたが、現在はそのような文字商標、図形商標、立体商標、結合商標の他に、動き商標、ホログラム商標、色彩のみからなる商標、音商標及び位置商標についても、商標登録ができるようになりました。
商標登録がなされると商標権という独占排他権が与えられますが、商標であれば何でも登録できるわけではありません。商標登録により商標権を取得するためには、一定の登録要件を満たす必要があり、商標出願を行う際には、出願方法や要件を事前に把握しておくことが重要です。
例えば、登録要件を満たさないもの(拒絶理由)として、以下の3つを挙げることができます。
① 自己と他人の商品・役務とを区別することができないもの
② 公共の機関の標章と紛らわしい等公益性に反するもの
③ 他人の登録商標や周知・著名商標等と紛らわしいもの
(出典:特許庁HP「出願しても登録にならない商標」)
登録要件を満たさないと特許庁が判断した場合、特許庁より登録要件を満たさない旨の拒絶理由が記載された拒絶理由通知が発行されます。一定期間内に拒絶理由が解消されなければ、その商標出願に対して拒絶査定という処分が特許庁より下されます。
そのほか、人格的利益保護の観点から「他人の氏名を含む商標」も拒絶理由の1つとして定められていますが、令和5年度の商標法改正により他人の氏名を含む商標登録の要件が緩和されました。「他人の氏名を含む商標」に関する詳しい要件や方法については、下記記事でも解説しているので、ぜひご覧ください。
(参考:TKAO JOURNAL「他人の氏名を含む商標の登録要件の緩和について」)
商標権は、マーク(標章)とそのマークを使用する商品・役務がセットで一つの権利になります。したがって、商標登録により商標権を取得するためには、「商標登録を受けようとする商標」を特定するだけでなく、その商標を使用する「商品」又は「役務」を願書に指定して商標出願を行うことが必要になります。商標権を取得することにより、指定した商品・役務について、登録商標の使用を独占し、類似範囲について他者の無断使用を排除することができます。
商標権には文字、図形、記号、立体的形状等いくつかの種類が存在しますので、以下に例を紹介します。
<文字商標の例>
<図形商標の例>
<立体商標の例>
商標権の存続期間は、原則として商標登録がなされた日(設定登録日)から10年間とされており、更新手続きをせずに存続期間が過ぎると商標権が失効してしまいます。一方で商標権は10年ごとに何度でも更新が可能です。登録された商標について、10年以上の継続使用を希望する場合には、更新手続きを行うことで商標権をさらに10年間存続させることができます。
そのため商標の登録日や残りの存続期間を把握・管理し、継続使用を行う場合には更新手続きを怠らないことが重要です。
商標登録を行わない場合でも、商標を使用することは可能です。
しかし、商標登録をせずに自身が使用している商標と同一又は類似のものであって、同一又は類似の商品・役務に使用するものを他人が既に商標出願又は登録している場合、その他人が取得した商標権に基づき、商標の使用の差止請求や損害賠償請求をされるリスクがあります。
商標登録をすることにより、他人の登録を排除することができ、差止請求や損害賠償請求といったリスクを回避することができます。また、商標登録をすることにはその他にも様々なメリットが存在し、以下で商標登録のメリットについて解説します。
(1)商標を独占的に使用できる
登録された商標は、商標権者のみがその登録商標を指定商品・指定役務について使用することができます。つまり、他人はその商標をその指定商品・指定役務と同一の商品・役務について使用できないということになります。
商標登録を行い、商標権を取得することで、他人の無断使用のリスクがなくなりますので、商標を活用して安定した事業やサービスの提供を継続することができます。
(2)ブランド力を獲得・拡大できる
登録された商標を独占的に使用し続けることで、消費者・取引先からの認知や信頼を獲得することができ、業界内や消費者に対するブランド力の向上につながります。
ブランド力の獲得により、同じ商品であってもより高値で販売することが可能になります。また、自身の保有する登録商標の使用を希望する者が現れることがあり、その者と商標のライセンス契約を結ぶことで、売上拡大・協業等より一層の商標の有効活用が可能となります。
(3)他人に商標の使用をやめさせることができる
商標登録により商標権を取得すると、他人が当該登録商標と同一だけでなく類似する商標についても、指定商品・指定役務と同一又は類似する商品・役務に使用している場合には、その使用を排除することができます。具体的には、当該登録商標と同一又は類似の商標を、同一又は類似の指定商品・指定役務について使用する他人の行為について、商標権侵害に基づき差止請求をすることができ、その使用により生じた損害の賠償も請求できます。
商標登録することによるブランド力の向上により、他人に自身の登録商標と似たような名称やマークの商品・役務を提供されることが考えられますが、商標登録を行うことでそのような行為を牽制し、そのような行為を行った場合には、商標権侵害として差止請求や損害賠償請求を行うことができます。
商標登録をせずに商標の使用を続けていた場合には、その商標と同一又は類似の商標について商標権を取得した他人からの差止めや損害賠償を請求されるリスクがあるほか、以下のようなデメリットがあります。
(1)マーケットシェアの喪失
未登録の商標を使用して良質な商品・役務を提供していても、他人もその商標を真似た商品・役務を提供できます。つまり、他人が同一又は類似の商標を使用する行為を排除できませんので、最悪の場合、他人に商品・役務のマーケットシェアを奪われ、売上が減少するリスクがあります。
(2)訴訟費用を始めとする膨大なコスト
自身の未登録商標と同一又は類似の商標について、他人が商標権を取得した場合には、原則として、その他人の登録商標と同一又は類似の商標を、同一又は類似の商品・役務に使用することは商標権侵害となります。その場合、損害賠償請求を受けるリスクの他、差止請求によりホームページ、看板、名刺等商標を表記したあらゆる媒体について商標を変更して作り直す必要があり、莫大なコストがかかるリスクがあります。
商標出願を行い登録することができれば、上記のメリットを享受できるとともに、リスクを排除することができます。
以下では、具体的な商標出願の流れや注意点、弁理士との関わり等を説明します。
一般的に商標出願から登録までにかかる期間は事前調査も含めて6~10か月程度といわれています。商標出願中であっても商標自体は使用することが可能ですが、必ずしも登録されるわけではなく、また、すぐに登録されるわけではない点に注意が必要です。
具体的な流れは以下の図をご覧ください。
(出典:特許庁HP「初めてだったらここを読む~商標出願のいろは~」)
登録にあたっては特許庁により厳正な審査が行われます。審査には「方式審査」「実体審査」の2種類が存在します。
① 方式審査
特許庁は、商標出願に使用した書類が商標法の規定に沿った正しい記載となっているかを審査します。
② 実体審査
特許庁の審査官により出願された商標が商標法15条に規定されている拒絶理由に該当しないかを審査します。拒絶理由に該当すると判断された場合は、拒絶理由通知が出願人に送られます。
商標の登録においては上記の流れに沿った商標出願書類の準備や特許庁とのやり取り、拒絶された際の対応、商標出願前に類似商標が既に登録されていないかの事前調査等、適正な知識に基づく様々な対応が必要となります。
そのため、商標出願・登録における対応の多くは専門家である弁理士・弁護士に委託されています。
以下では弁理士への依頼にあたって事前に準備すべきこと・ポイントをまとめています。
① 自社の商品・役務のほか将来的に商標を使用する可能性のある商品・役務についても検討しておく
商標出願を弁理士に依頼する場合、弁理士に対し商標を使用する予定の自社の商品・役務について詳しく説明する必要があります。説明に漏れがあると指定商品・指定役務の選択に抜けが生じ、商標権により守りたい商品・役務について保護を図れないリスクが生じます。よって、使用する予定の商品・役務について予め検討をすることが大切です。
② 出願する商標の態様について検討しておく
上記の通り、商標は、文字商標、図形商標、文字と図形とを結合した商標等様々な形で出願することが可能でありますので、どのような態様の商標を出願するかについて検討することが大切です。例えば、平仮名で表された商標を使用していても、海外進出等の将来的な展開も考慮して、英文字で表された商標も出願して、平仮名だけでなく英文字も商標権を取得しておく、というようなことが挙げられます。
商標について商標出願から登録までの流れ、登録することによるメリットと、登録しないことによるリスクを解説しました。社名やコア商品の商標は、企業にとって重要な知的財産となります。他人に真似されないよう、商標権で保護することでブランドや企業価値を守ることに繋がります。
商標を文字、図形、又はその組み合わせで権利取得するのか、どの商品・役務についてまで権利範囲を確保しておくかについて判断することは必ずしも容易なことではありませんので、商標出願をご検討中の方は、知的財産の専門家である東京共同弁理士法人までお問い合わせください。
なお、本稿の内容は執筆者の個人的見解であり、当事務所の公式見解ではありません。記載内容の妥当性は法令等の改正により変化することがあります。
本稿は具体的なアドバイスの提供を目的とするものではありません。個別事案の検討・推進に際しては、適切な専門家にご相談下さいますようお願い申し上げます。
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