令和5年度の商標法改正により、他人の氏名を含む商標の登録要件が緩和されました。
どのような要件を満たせば、氏名を含む商標について登録を受けられるかについて解説します。
商標法第4条第1項第8号(以下、「第4条第1項第8号」)では、他人の氏名を含む商標は原則として商標登録を受けることができないと定められています。その趣旨は、自分の氏名を含む商標が他人に勝手に商標登録されないという人格的利益を保護する点にあります。
しかし、ファッション業界などではデザイナー自身の氏名をブランド名に用いることが多く、過去には同姓同名の他人が存在することを理由に商標登録を受けられないケースもあり、ファッション業界を中心に同条の登録要件を緩和してほしいという要望がありました。
そのような要望を受けて検討がなされた結果、令和5年度の商標法改正によって第4条第1項第8号の要件が緩和されました。
そこで、今回は、改正商標法によって緩和された第4条第1項第8号の要件について詳しく解説します。氏名を含む商標を商標登録出願することを検討されているご担当者様は、ぜひご一読ください。
他人の氏名を含む商標は原則として商標登録を受けることができないとされていた趣旨は、当該他人の人格権の保護にあるとされています。他人の氏名を含む商標がその他人の承諾なく商標登録されてしまうと、それを望まない他人の人格的利益が損なわれてしまうからです。
従来、他人の氏名を含む商標が商標登録されるためには、同一の氏名を有する全ての他人から承諾を得る必要がありましたが、同一の氏名の他人が多数存在するような場合、その他人全員から同意書をもらう必要があり、現実的ではありませんでした。
また、ファッション業界などではデザイナーの氏名をブランド名に使用することが多いにも関わらず、そのデザイナーと同姓同名の全ての他人の承諾を得る必要があり、そのようなブランド名の商標登録が難しいという問題がありました。
出典:特許庁「他人の氏名を含む商標の登録要件が緩和されます」
出典:特許庁「他人の氏名を含む商標の登録要件が緩和されます」
さらに、諸外国の中には商標が他人の氏名を含む場合、その他人の氏名が一定の知名度を有することを条件に商標登録を認める国がある一方で、日本では商標登録が認められないことから、国際的な制度調和を図れないという問題もありました。
そこで、令和5年度の商標法改正により「他人の氏名」を含む商標であっても、その氏名が一定の知名度を有することを条件に承諾を不要とすることによって登録要件を緩和する一方で、同姓同名の他人の人格的利益が害されるおそれに配慮し、出願人側の事情を考慮する要件を課すことで、濫用的な商標登録出願を防止することとしました。
令和5年度の商標法改正の前まで、他人の氏名を含む商標については氏名の知名度にかかわらず、その氏名に該当する他人全員から承諾を得ない限り商標登録を受けることはできませんでした。
例えば、かつて「ナンバーナイン」というブランドで人気を博したファッションデザイナーである宮下貴裕氏が新たに設立したブランド名「TAKAHIROMIYASHITATheSoloist.」が、商標登録を認められなかった事例があります。
出典:最高裁判所「裁判例結果詳細 知財高裁令和2年7月29日判決」
特許庁の審査・審判実務では、ハローページやインターネット上の情報を参照し、そこに掲載されている同姓同名の他人全員から承諾を得ない限り商標登録が認められないという運用があり、仮に商標登録出願をしたデザイナーの氏名が著名であっても、著名であることは全く考慮されませんでした。 このように、第4条第1項第8号の要件が緩和される前の特許庁の審査・審判実務は、自己の氏名を商標登録したい者にとって厳しいものでした。
令和5年度の商標法改正で、他人の氏名を含む商標の登録要件が緩和されたことにより、例えば、会社の創業者やデザイナーが自己の氏名をブランド名とするような場合に、一定の要件を満たすことで同姓同名の他人の承諾を得なくても商標登録を受けることが可能となりました。とりわけ、自己の氏名をブランド名にすることが多いファッション業界にとって大きなメリットといえます。
商標法改正により、商標法第4条第1項第8号の「他人の氏名」に①一定の知名度の要件が課されることになりました。一方で、②出願人側の事情を考慮する要件も課すことで、緩和に一定の歯止めをかけ濫用的な商標登録出願を防止しています。
第4条第1項第8号に新たに1つ目の要件である「商標を使用する商品又は役務の分野において需要者の間に広く認識されている氏名に限る」という括弧書きの要件を設けることで、「他人の氏名」について要件が緩和されました。
この1つ目の要件は、「他人の氏名」が商標を使用する商品又は役務の分野において、需要者の間に広く認識されていることをいいます。いわゆる周知性の要件といわれ、他人の氏名が認識されている地理的・事業的範囲を十分に考慮した上で、その商品又は役務に氏名が使用された場合に、その他人を想起・連想し得るかどうかで判断されます。
一般的には、少なくとも一地方において他人の氏名が広く知られているかによって判断され、商標を使用する商品又は役務の分野において、周知性を有する他人の氏名が存在しなければ、1つ目の要件は満たされることになります。従来は周知性を有するか否かにかかわらず、他人の氏名が存在する場合はその全ての他人の承諾を得ない限り商標登録を受けられなかったため、第4条第1項第8号の要件が緩和されたといえます。
新たに2つ目の要件である政令要件を第4条第1項第8号に設けることで、出願人の事情を考慮することが加えられました。政令要件とは、(i)商標に含まれる他人の氏名と出願人との間に相当の関連性があること、及び(ii)出願人が不正の目的で商標登録を受けようとするものでないことという2つの要件であり、いずれにも該当する必要があります。
(i)の要件とは、
例えば、出願商標に含まれる他人の氏名が、出願人自身の氏名、出願人の会社の創業者・代表者の氏名、商標登録出願前から継続的に出願人が使用している店名等である場合には、相当の関連性があると判断されます。(i)の要件は、他人の氏名と全く関係のない第三者が他人の氏名を含む商標を濫用的に商標登録出願することを防止する目的で設けられています。
(ii)の要件とは、
例えば、他人への嫌がらせや先取りして商標を買い取らせる目的などがないことをいい、この要件を満たさない場合は不正の目的があると判断されます。(ii)の要件は、不正の目的がある場合には、要件を緩和して商標登録を認める必要性が乏しいことから設けられています。
上記①の要件又は②の要件を満たさない場合、改正前と同様、「他人の氏名」に該当する全ての他人から承諾を得ない限り第4条第1項第8号に該当し、商標登録を受けることができません(拒絶査定となります)。なお、他人から承諾を得る場合の承諾書のひな形は、特許庁の審査便覧に掲載されています。
出典:特許庁「第4条第1項第8号に関する承諾書の取扱い」
出典:特許庁「他人の氏名を含む商標の登録要件が緩和されます」
第4条第1項第8号が改正された後も変更のない大事な点があります。これらは改正前と改正後で変更がなく改正後も適用されるため、引き続き留意する必要があります。
「他人の氏名」における「他人」とは、自己以外の現存する者をいい、自然人の他、法人や権利能力なき社団を含む広い概念です。また、外国人や外国法人も含まれます。
逆に、既に死亡している者や消滅した会社・団体の名称は「他人」に含まれないため第4条第1項第8号には該当しませんが、歴史上の著名な人物の氏名を含む商標は第4条第1項第7号で拒絶される運用となっています。
「芸名」や「雅号」「筆名(ペンネーム)」についてはある程度恣意的に用いられるため、改正前から引き続き「著名」の要件が加えられています。つまり、商標登録出願する商標の中に他人の芸名等が含まれていたとしても、それが著名でなければ第4条第1項第8号で拒絶されないということです。
よって、芸能人・アーティストの芸名やペンネームを含む商標でも、その芸名やペンネームが著名でなければ「著名な雅号、芸名若しくは筆名」には該当しないと考えることができます。
「氏名」とはフルネームを指すため、商標が「氏」又は「名」のみを含む場合は第4条第1項第8号に該当しません。ただし、外国人の氏名についてミドルネームを含まない場合は略称に該当します。
「名称」は法人の名称を指しますが、「株式会社」「一般社団法人」等を除いた場合は略称に該当します。また、権利能力なき社団の名称は法人等の種類を含まないため、略称として取り扱われます。
令和5年度に改正された商標法第4条第1項第8号の要件について解説しました。改正後は、「他人の氏名」について一定の知名度を要件とすることで、一定の知名度を有しない「他人の氏名」については、その他人に承諾を得る必要がなくなり要件が緩和されました。
一方、新たに政令要件を課すことで、商標に含まれる他人の氏名と全く関係のない第三者の濫用的な商標登録出願を防止し、高値で買い取らせるなど不正の目的が認められる場合は商標登録を認めないとし、他人の人格的利益との調整を図っています。
今回の改正により、自己の氏名をブランド名に含めることが多いファッション・デザイン業界などにとって、自己の氏名を含むブランド名を商標登録できる可能性が高くなり、大きなメリットがあるといえます。
商標登録をご検討中の方は、お気軽に知的財産の専門家である東京共同弁理士法人までお問い合わせください。
なお、本稿の内容は執筆者の個人的見解であり、当事務所の公式見解ではありません。記載内容の妥当性は法令等の改正により変化することがあります。
本稿は具体的なアドバイスの提供を目的とするものではありません。個別事案の検討・推進に際しては、適切な専門家にご相談下さいますようお願い申し上げます。
©2024 東京共同会計事務所 無断複製・転載を禁じます。
関連コンテンツ