2022年6月に「移転価格事務運営要領」の一部が改正され、日本の親会社と海外子会社(以下、「親子会社」という)の間における債務保証委託について、保証料の算定方法等が新たに具体化されました。
本記事では親子会社間の債務保証委託取引について、移転価格税制の観点からその概要を解説するとともに、保証料率の算定方法についても詳しく解説します。海外子会社と金融取引を行う可能性がある企業の経理担当者及び財務担当者の方々の参考になれば幸いです。
例えば、海外子会社が現地の銀行から資金を借り入れる際に、海外子会社の財務状態等が脆弱であると、日本の親会社が海外子会社の債務を保証することを現地の銀行から求められるケースがあります。
この場合、海外子会社は日本の親会社と債務保証委託契約を締結し、日本の親会社に現地の銀行への債務保証を委託します。その際、この海外子会社は日本の親会社に対し、債務保証の対価として債務保証料を支払います。
2022年6月に行われた「移転価格事務運営要領」の改正によって、当該債務保証料の独立企業間価格の算定方法が具体的に示されました。本章では、改正前と改正後において、親子会社間における債務保証料の取扱いが具体的にどのように変更されたのかを説明いたします。
改正前は、「移転価格事務運営要領」等において、債務保証委託取引について明確な規定がなく(注1)、日本の親会社が債務保証を差し入れた場合でも、海外子会社から債務保証料を回収していなかったケースがありました。
また、海外子会社から債務保証料を回収していたとしても、明確な算定根拠がないまま保証料率を設定していたケース(一律に保証料率を「0.1%」とする等)が散見されました。
(注1)明確な規定はないものの、税務裁判事例のみ存在していた。
(平14.5.24裁決、裁決事例集No.63 454頁)
改正後は、債務保証委託取引は経済的又は商業的価値(以下、「経済的便益」という)を有しているかを検討する必要があり(すなわち、グループ内役務提供の一種という位置づけ)、被保証者(海外子会社)が経済的便益を享受していると考えられる場合は、保証料の回収が必須であるとされました。
保証者(日本の親会社)が債務保証に対して法的な責任を負っている場合、又は、債務保証によって被保証者(海外子会社)の借入利率が軽減し、又は借入可能金額が増加する等の場合は、被保証者(海外子会社)が経済的便益を享受していると考えられます。
また、保証料率の算定については、以下3つのアプローチのうち、取引の実態等を踏まえ、適切なアプローチを適用して算定することになります。
イールドアプローチ及びコストアプローチは、OECD移転価格ガイドラインに明記される算定アプローチ(2022年版OECD移転価格ガイドライン パラグラフ10 D.2.2及びD.2.3.)であり、「被保証者(海外子会社)の信用コストを計算の基礎とする方法」は一般的にクレジット・デフォルト・スワップアプローチと呼ばれております。
さらに、移転価格実務においては、イールドアプローチ及びコストアプローチが最も多く適用されています。
クレジット・デフォルト・スワップアプローチは、外部のデータベースよりクレジット・デフォルト・スワップ市場のデータを利用することが可能である一方で、信用リスクのみの引受対価となり、流動性リスクプレミアム等が加味されていないため、当該データのみで保証料率を算定すると、比較可能性が相対的に乏しくなる可能性があります。したがって、実務上の適用は、慎重に検討する必要があります。
■イールドアプローチ(注1)
被保証者(海外子会社)による保証前後の借入金利の差額を保証料率計算の基礎とする方法
■コストアプローチ(注2)
被保証者(海外子会社)の期待損失を保証料率計算の基礎とする方法
■クレジット・デフォルト・スワップアプローチ(注3)
被保証者(海外子会社)の信用コストを計算の基礎とする方法
(注1)債務保証等の対象である債務の主たる債務者が、当該債務保証等が行われていないとした場合と当該債務保証等が行われた場合のそれぞれにおいて当該債務に係る債権者に対して支払うべき利息その他これに類する支払いに係る利率等の差(※出典:国税庁「移転価格事務運営要領3―8(6)イ」)
(注2)債務保証等の対象である債務の不履行が生ずる場合に当該債務保証等を行った者が負担するべき損失の額(当該債務の不履行が生ずる確率を勘案して算定される損失の額をいう。)の当該債務の額に対する割合(※出典:国税庁「移転価格事務運営要領3―8(6)ロ」)
(注3)一方の者が金銭を支払い、これに対してあらかじめ定めた第三者の信用状態に係る事由(債務の不履行その他これに類する事由をいう。)が生じる場合に、他方の者が金銭を支払うことを約するデリバティブ取引に係るスプレッドのうち当該債務保証等の対象となる債務に係る信用リスクと同様の信用リスクに相当するもの(※出典:国税庁「移転価格事務運営要領3―8(6)ハ」)
このように、2022年6月の「移転価格事務運営要領」の一部改正によって、海外子会社を有する日本企業は親子会社間で債務保証委託取引を実行する際、当該取引によって被保証者(海外子会社)が経済的便益を享受しているのかを判断し、享受している場合は移転価格税制の観点から親子会社間における保証料率を独立企業間価格の算定方法に則り算定し、妥当な価格であるかどうかを検討しなければなりません。
※出典:国税庁「移転価格事務運営要領の制定について(事務運営指針)」
国税庁「租税特別措置法関係通達(法人税編)関係」
e-GOVパブリック・コメント「移転価格事務運営要領」(事務運営指針)新旧対照表」
親子会社間における債務保証料算定のポイントは2点あります。
1:海外子会社の信用力を評価する必要がある
検討の対象となる信用力は原則として信用格付等を用いることになります。
(※出典:国税庁「移転価格事務運営要領3―8(2)」)
見做し信用格付の評価方法としては、公開の財務ツール等を使用して評価する必要があります。(※出典:国税庁「移転価格税制の適用に当たっての事例集 第一章 事例4 前提条件2 解説3」)ただし実務では公開の財務ツールのほかに、第三者の信用格付機関が公表する格付手法も実務において使用されているケースもあります。
見做し信用格付の評価方法は事業会社の置かれている状況によって異なるため、被保証者数、支配関係、出資関係等を総合的に考慮して見做し信用格付を評価することが求められます。
(※参考:東京共同会計事務所HP「TKAO JOURNAL 海外子会社への貸付時、金利はどう設定する?親子ローンの金利設定を徹底解説」)
2:独立企業間価格の算定方法として、イールドアプローチとコストアプローチの
どちらを適用するべきか、企業の状況や取引の実態に応じて判断する必要がある
イールドアプローチの適用については、債務保証前後の金利差を基に算定する方法であることから、工事の履行保証、デリバティブ契約に関する保証、販売・仕入債務の保証等、金銭の貸借以外の保証には適さない可能性があります。また、イールドアプローチは債務保証前後の信用力の差に基づく金利差を利用するため、債務保証前後において保証者と被保証者の信用力に差がない場合は、適用が困難となる場合もあります。
イールドアプローチは、上記のとおり、保証者(日本の親会社)によって金融機関等に債務保証を提供した場合の被保証者(海外子会社)の借入金利と、海外子会社が単独で借り入れた場合の金利差を保証料率の根拠とする方法をいいます。
海外子会社が所在する現地の銀行から借り入れる際に、日本の親会社に保証に入ってもらうことで、海外子会社の信用格付は日本の親会社と同格になると見做すのが一般的とされています。
したがって、被保証者である海外子会社が自社単体で借入を行った場合の金利は、日本の親会社の債務保証を受けて借入を行った場合の金利より高く設定される可能性があり、この借入金利の差が、日本の親会社が債務保証を差し入れたことで信用力が向上した利率と考えられます。
算定における具体的な手順は以下になります。
1. 親会社による債務保証がない場合の借入金利を算定
2. 親会社の債務保証がある場合の借入金利を算定
3. 両者の金利の差を算定し、当該差を保証料率の基礎とする
ただし、上記の手順で算定された当該保証料率をそのまま適用するのではなく、当該保証料率の一部が適用されます。
例えば、海外子会社の信用格付が”A”で借入金利が2%、日本の親会社の信用格付が
”A+”で借入金利が1.5%とします。日本の親会社が債務保証を差し入れることで、海外子会社の借入金利は1.5%で借入を行うことができると仮定します。イールドアプローチでは、この差分である0.5%が保証料率の基礎になると考えられます。
しかし、差分の0.5%という数値は、保証料率としては最大の値になります。なぜなら、当該0.5%と債務保証によって海外子会社の信用力が向上したと見做す借入金利1.5%の合計値2.0%は、海外子会社が自社単体の信用力に基づき銀行から借り入れる金利2.0%と一致するため、債務保証委託取引を実行するメリットがなくなることになります。
したがって、実務上は当該最大の値の一部を保証料率として支払うのが妥当と言えます。
コストアプローチは、被保証者(海外子会社)の期待損失(債務保証を引き受けることにより将来予想される損失)を見積もり、債務保証を引き受けることに対し稼得すべきリターン(対潜在的な逸失利益)を加味して保証料を算定する方法をいいます。
コストアプローチは保証者(日本の親会社)と被保証者(海外子会社)の信用格付が同格である等、イールドアプローチを適用できない場合においても保証料率を算定できるというメリットがあります。
算定における具体的な手順は以下になります。
1. 債務保証の対象である債務について、債務保証を引き受けることによる予想損失割合を算定(累積デフォルト率データ及び債権回収率データを用いて算定する等)
2. 債務保証を引き受けることに対し稼得すべきリターンを算定
3. 上記1.及び2.を加え、保証料率を算定
このように、コストアプローチで保証料率を算定する際に基礎とする額は、上記「1.」の保証人(日本の親会社)が債務保証によって引き受ける期待損失の額となります。一方で、保証人(日本の親会社)は将来発生しうる損失を超えるリターンがない(すなわち、債務保証を行う上での最低保証料率となる)ことから、実務上は上記「2.」の債務保証を引き受けることに対し稼得すべきリターンを加味することで、より合理的な独立企業間価格になると考えられます。
ここまで、金銭貸借を前提とした親子会社間で行われる債務保証委託取引について解説してまいりました。
金銭貸借以外の債務保証委託取引(保証類似行為含む)についても、同様に検討する必要があります。
実際に債務保証料を算定するには、親子会社間の取引の実態を精査し、それに基づいた移転価格ポリシーを策定した上で、適切な算定方法を選択し保証料率を算定する必要があります。
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