移転価格税制が適用されるケースやリスクについて、具体的に把握できていない企業担当者の方も多いのではないでしょうか。
移転価格税制とは、海外に所在する自社関連企業との取引において第三者の企業間で売買される価格(独立企業間価格)以外で商品を売買した場合に、独立企業間価格にて所得を再計算、課税される制度のことをいいます。
本コラムでは、移転価格税制のポイントや想定されるリスクについて解説していますので、本コラムをお読みいただくことで移転価格税制の概要や海外に拠点を持つグローバル企業が対策すべきリスクに関して、回避に必要な事項への理解を深めていただけます。
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そもそも「移転価格」とは、日本に所在がある自社(内国法人)と海外に所在がある自社の関連企業間(国外関連者)における取引価格を指します。国外関連者と取引する際に、第三者間で通常行われる取引価格とは異なる取引価格にすることで、一方の利益を他方に移転することが可能となります。「移転価格税制」は、このような移転価格の操作を利用した売買等取引による不当な租税回避行為を防ぐために導入されました。
移転価格税制下では、自社の関連企業であっても、独立した第三者間の企業間で適用される価格(独立企業間価格)で取引しなければなりません。独立企業間価格とは認められない移転価格で取引した場合は、独立企業間価格にて所得が再計算され、課税される可能性があります。
移転価格税制を正しく理解することで、国外関連者との間で移転価格税制上妥当とはいえない価格で取引することを避けるだけでなく、新たな課税や二重課税のリスクも回避することが可能となります。
移転価格税制を理解するにあたって押さえるべきポイントは5点あります。
ポイントを絞ることで、移転価格税制への理解をより深めていくことができます。
移転価格税制の対象取引は、内国法人と国外関連者の間で発生する資産の取引や役務提供取引です。国外関連者とは、対象となる法人との間で50%以上の株式などの株式保有関係や人的な取引を通じた実質的な支配関係などがある海外法人を指します。
取引する資産は、無形・有形を問いません。無形資産取引の一例として、国内企業の製造ノウハウを使用した対価としてロイヤリティを受け取ることが挙げられます。金銭消費貸借契約による貸付金利子を受け取るといった金融取引も、移転価格税制の対象取引です。役務提供取引には、国外関連者に対する日本本社からの技術指導も含まれます。
独立企業間価格とは、独立した第三者の企業間で適用される取引価格であり、国税庁のホームページにも掲載されているOECD租税委員会による「OECD多国籍企業及び税務当局のための移転価格ガイドライン2022年度版」(以下、「OECD移転価格ガイドライン」といいます。)にて詳細が定められています。同ガイドラインでは、算定方法として独立価格比準法・再販売価格基準法・原価基準法の「伝統的取引基準法」と、取引単位営業利益法及び取引単位利益分割法の「取引単位利益法」が示されています。前者は日本の移転価格税制上でいう「基本三法」に該当し、後者は「その他政令で定める方法」に該当します。
基本三法の概要は、以下のとおりです。
●独立価格比準法
国外関連取引に係る同種の棚卸資産に係る特殊の関係にない者同士の取引段階、取引数量その他において比較可能な内部比較対象取引又は外部比較対象取引の取引価格をもって独立企業間価格とする方法をいいます。英語表記(Comparable Uncontrolled Pricing method)の略称として、一般にCUP法とも呼ばれます。
●再販売価格基準法
国外関連取引に係る同種又は類似の棚卸資産の買手が特殊の関係にない者に対して同種又は類似の棚卸資産を販売した対価の額(再販売価格)から通常の利潤を控除して計算した金額をもって国外関連取引の対価とする方法をいいます。「売上総利益率」に着目する方法です。英語表記(Resale Price method)の略称として、RP法とも呼ばれます。
●原価基準法
国外関連取引に係る同種又は類似の棚卸資産の売手の購入、製造その他の行為による取得の原価の額に通常の利潤の額を加算して計算した金額をもって国外関連取引の対価の額とする方法をいいます。「原価加算利益率」に着目する方法といえます。
英語表記(Cost Plus method)の略称として、CP法とも呼ばれます。
その他政令で定める方法の概要は、以下のとおりです。
●取引単位利益分割法
取引単位利益分割法には、①比較利益分割法、②寄与度利益分割法、及び③残余利益分割法の3つの方法があります。これらの方法は、国外関連取引に帰属する合算利益を分割する方法です。分割要因やその具体的な方法は①から③までの方法においてそれぞれ定められています。3つの方法の総称として、英語表記(Profit Split)の略称では、PS法とも呼ばれます。
●取引単位営業利益法
国外関連取引と比較対象取引の営業利益率(売上高営業利益率、総費用営業利益率又はベリー比)を比較する方法です。利益を比較するという点において、再販売価格基準法や原価基準法と類似していますが、販売費及び一般管理費まで考慮した利益の額を用いる点が異なります。英語表記(Transactional Net Margin Method)の略称として、TNMMとも呼ばれます。
(出典:租税特別措置法第66条の4第2項第1号イ、ロ、ハ、ニ)
これらの方法を用いて独立企業間価格を算定する際には、「国外関連取引の内容及び当該国外関連取引の当事者が果たす機能その他の事情を勘案して、当該国外関連取引が独立の事業者の間で通常の取引の条件に従って行われるとした場合に当該国外関連取引につき支払われるべき対価の額を算定するための最も適切な方法」を選ぶものとされています。
(出典:租税特別措置法第66条の4第2項)
移転価格税制は、日本のみならず欧米・アジア諸国においても導入・執行されています。
また国によっては、OECD移転価格ガイドラインと概ね差異がない移転価格税制の枠組みを規定しつつも当該国における独自のルールを導入しているケースも珍しくありません。そのため、国外関連者との取引を実施する際は、所在国における移転価格税制を可能な限り事前に調査し、適切な対策を講じることが重要です。
日本では事前確認制度(APA)を利用することが可能です。事前確認制度とは、独立企業間価格の妥当性や算定方法に関して、企業が事前に税務当局からの確認を受ける制度です。30カ国以上に導入され、自国の税務当局だけで確認する「ユニラテラルAPA」と、自国と相手国双方に確認を得る「バイラテラルAPA」などに分類されます。
どちらの制度も、税務当局により認められた独立企業間価格で取引を行っている限り、当該取引が税務調査で否認されることは日本及び相手国ともにありません。
移転価格税制により課税を受けたときの対処法は、租税条約の締結有無により変わります。
日本が国外関連者所在国と租税条約を締結している場合は、租税条約に規定された相互協議の結果により税負担が軽減される可能性があります。相互協議で合意に至らなかった場合は、不服申立てが可能です。
所在国との間で租税条約が未締結であれば、各国の国内法に基づく救済手段(不服申立手続き又は裁判等)を取ることになりますが、場合によっては、二重課税が解消されないことも想定されます。
移転価格税制には、課税にまつわる高いリスクが存在しています。本章では、移転価格税制における2つのリスクと、想定される影響について解説します。
移転価格税制上、税務調査の結果、国外関連者との取引価格が独立企業間価格とは認められない場合、独立企業間価格をもって課税所得を再計算します。これが「更正」に当たります。
日本では、移転価格調査の遡及期間が7年とされていることから、税務当局は最大で過去7年間に遡って所得の更正が可能です。このようなことから、移転価格課税における追徴課税額は多額になる傾向にあり、加えて追徴課税により徴収される税は一括での現金納付が原則となることから、資金繰りに大きな影響を及ぼす可能性があります。実際の事案では2023年の米国税務当局IRSによる米マイクロソフト社への移転価格税制に係る追徴課税が4兆円以上($28.9 billion)(※注1)に上ったケース(※出典:Microsoft Corporation「An update on our IRS tax audit」)もあります。
※注1:2023年10月11日為替レート(TTM) 1USD=148.66で算出
算出根拠:三菱UFJリサーチ&コンサルティング「2023年10月11日の為替相場」
移転価格税制では、国際的二重課税によるリスクも懸念されます。国際的二重課税とは、同じ所得に対して日本と国外関連者所在国双方に二重で税金を支払う状況が発生することを指します。
日本と国外関連者所在国間で租税条約を締結している場合は、租税条約に基づく相互協議手続きが設けられています。しかし、相互協議による合意は努力義務にすぎないため、協議により合意が得られない場合もあります。
また、相互協議の件数増加に伴い、平均処理期間も長期化しています。令和4事務年度における、移転価格税制その他事案での平均処理期間は1件あたり29.2カ月であり、このことからも相互協議の長期化及び硬直化の傾向がうかがえます。また、相互協議により合意が取れない場合、国際的な二重課税状態が継続することも懸念されます。
移転価格税制はOECD移転価格ガイドラインの枠組みで規定されている国が多くあるものの国によって若干制度が異なり、また、中には独自ルールに基づき積極的な課税を行う国もあります。よって、国外関連者と取引する際は、国外関連者所在国の移転価格税制や実務も理解することが肝要です。
また、移転価格税制に基づく更正に対するリスク対策としては、移転価格ポリシーの策定やローカルファイルの作成は必要最低限の対応といえます。
移転価格ポリシーとは、移転価格税制に基づくグループ内取引の価格設定方法と利益配分の考え方に関して定めた社内の基本方針を指します。移転価格ポリシーは日本の移転価格税制やOECD移転価格ガイドラインを基準に検討することが一般的ではありますが、海外側において課税リスクがあると認識されている取引については、国外関連者所在国における課税リスクを想定した移転価格ポリシーの策定が重要となります。
さらに中でも課税リスクが高い取引については、移転価格ポリシー策定に留まらずAPAの利用についても検討することが望ましいといえます。バイラテラルAPAであれば日本と国外関連者が所在する相手国と、双方における税務当局の確認が同時にできるため、国際的二重課税の回避につながります。
ローカルファイルとは、国外関連取引を行った企業が独立企業間価格を算出する際に必要となる書類を指します。期末以後に独立企業間価格であったことを検証する資料として、確定申告の期限までに作成し保存することが求められています。
以下のいずれかに該当する企業は、ローカルファイルの同時文書化(=確定申告期限までの作成)が必須となりますので、注意が必要です。
■前事業年度における国外関連者との取引金額が50億円以上となる法人
■前事業年度における無形資産取引金額が3億円以上となる法人
ローカルファイルは、独立企業間価格で取引していたことを納税者として疎明する書類となります。同時文書化が免除されている取引であっても、移転価格税制に関するリスクを回避するために、作成及び保存しておくことが賢明です。
独立企業間価格とは認められない移転価格で国外関連取引を行った場合、独立企業間価格により所得の再計算(所得の増額更正)が実施されたうえで、課税されます。日本と海外での二重課税となった場合、例えば相互協議の申立ての後に当局から仮合意が示されるに至るまでにも通常1年以上の期間が想定されます。
上記のような移転価格リスクの回避には、国外関連者所在国の移転価格税制に対する理解や、移転価格ポリシーの策定、ローカルファイルの保存等の対応が重要です。
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