国税庁は2022年6月、「移転価格事務運営要領(以下、「指針」という。)」及び「別冊 移転価格税制の適用に当たっての参考事例集(以下、「事例集」という。)」の一部を改正し、同月10日付けで公表しました。
改正の趣旨について同庁は、「金融取引及び費用分担契約に係る取扱い等について所要の整備を講ずるもの」としていますが、国外関連者を持つ事業会社の実務には、今後、どのような影響・変化があるのでしょうか。
本稿では金融取引に関する改正のポイントと今後の影響について、東京共同会計事務所の移転価格税制の専門家が解説します。
(※出典:国税庁「移転価格事務運営要領の一部改正について」https://www.nta.go.jp/law/jimu-unei/hojin/kaisei/220610/01.htm)
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今回の改正は、2022年1月に公表されたOECD(経済協力開発機構)移転価格ガイドラインの改正を踏まえたものとされており、主に金融取引に関する移転価格税制上の取扱いについて、指針の内容が一部改正されました。(※出典:国税庁「OECD租税委員会によるOECD移転価格ガイドライン2022年版の公表について」)
同様に事例集においても「金銭の貸借取引」に係る事例の見直し、「債務保証」、「キャッシュ・プーリング」に係る事例の追加が行われています。
本改正内容は、2022年7月1日以後に開始した事業年度分の法人税調査等から適用されています。(※出典:国税庁「移転価格税制の適用に当たっての参考事例集」)
主な改正対象は第3章「調査」セクションの3-7(金融取引)であり、3-1柱書の調査の基本方針に沿って、以前は触れられていなかった金融取引に関する調査の指針が追加されました。
ポイントは以下の3点です。
・金銭貸借取引(以下、「貸付取引」という。)における比較可能性
・債務保証委託取引における対価性
・キャッシュ・プーリングにおける共通便益
3-7において重要なのは、金融取引に関する移転価格対応を行う場合、法人、国外関連者及び非関連の事業内容並びに 諸要素(役務の内容、関連当事者が果たす機能、契約条件、マーケットの状況、事業戦略)などの類似性を勘案し、比較可能性を検討しなければならないという点です。
3-8でも、改正前に記載されていた比較対象取引の選定・適用のための具体的な検討方法が削除され、新たに「金融取引に係る独立企業間価格の検討を行う場合の留意事項」が追加されました。3-7による検討を踏まえ、「最も適切な方法」で算定することを原則としており、下記の表にまとめているように(1)「市場金利」を比較対象取引とすることが可能、(2)信用力の比較可能性を検討する際、「信用格付等」を用いることが可能などの留意点が記載されています。
事例集についても、事例4・前提条件2の「関連者間融資取引」が改訂され、事例4・前提条件3の「債務保証取引」並びに事例7・前提条件4の「キャッシュ・プーリング」が新たに追加されました。
前述のように、改正後の指針3-8に追加された「留意事項」では、金融取引に係る独立企業間価格の検討を行う際、「最も適切な方法」により算定することが求められています。特に独立企業間金利に則って金利を設定する際には、借手の「信用力」が問題となります。信用力とは「企業の債務支払い能力」であり、金融取引において金利や保証料を算定する場合、この能力がポイントになります。 信用力の考え方について3-8(2)では、「当該当事者の信用格付けその他の信用状態の評価の結果を表す指標を用いることができること」としています。したがって、S&P、Moody’s、Fitch、R&I、JCRなどの第三者信用格付機関が公表する「信用格付け」を基準にする、又は信用格付けが付されていない場合は、S&P、Moody’ sなどが公表する手法や評価ツールを用いることで、“みなし信用格付け”を適切に分析・評価する必要があります。
一方、海外子会社の事業が、企業グループの主力事業や顧客基盤に密接に関わり、収益面でも大きな位置を占めていることから「借手と貸手の信用力が大きく異ならない」と認められるような場合は、貸手の信用格付け等を用いて独立企業価格を算定することができる規定もあります。一般的な日系事業会社ではあまり見られないケースですが、信用格付機関の手法やツールを用いて評価し、その結果、同格である場合、合理的な説明ができるように準備しておくことが重要です。
3-8(3)に新たに移転価格税制上の「キャッシュボックス」における金融取引の取扱いが明記されました。一般的にキャッシュボックスとは、経済実態が無いにもかかわらず資金提供のみを行い、財務リスクを引き受ける法人を指します。 貸付取引において貸手がリスク管理能力等を有していない場合など、移転価格税制上の「キャッシュボックス」に該当した場合、当該貸手はリスクフリー利率以上の金利を稼得することはできないと考えられます。そのため、銀行間取引金利、金利スワップレート、国債等を運用した場合に得られるであろう利率を比較対象取引とすることになりますが、実務においては依然事例が少ないため、キャッシュボックスからの貸付については慎重に対応することを推奨します。
3-8(5)では、「バンカビリティオピニオン」と呼ばれる銀行等に照会して取得した見積上の利率は、実際の取引ではないため市場金利等には該当しないとしています。したがって、金融機関等へのヒアリングをもとに貸付金利を設定していた場合、早急な見直しが必要になると思われます。 独立企業間金利の設定で内部比較対象取引が存在しない場合、外部比較対象取引を選定することになりますが、金利を算出する際は基本的に外部データベースを用いたベンチマーク分析を行うことになります。具体的には、借手の信用格付けと同等の事業会社が発行する債券の利回り等のデータを取得し、貸付の諸条件(通貨、期間、担保、オプション等)を鑑み、比較可能性を十分に検討したうえで金利を算出する方法が考えられます。
改正後の指針3-7(2)には、債務保証委託取引の規定が追加されました。具体的には、債務保証等について調査を行う際、調査対象である債務保証委託取引における
(1)債務の「性質」や「範囲」
(2)債務保証による関連当事者に与える「影響」
を考慮し、(2)の「影響」について検討する場合、保証者が法的な義務を負っているか、被保証者の信用力が向上しているかを検討する必要があります。 事例集では関連者間債務保証委託取引の具体的な事実に基づき、被保証者が銀行から調達する金利と当該被保証者の信用格付けに基づくベンチマーク分析による金利差を比較することで、債務保証によって被保証者の信用力が向上している点を確認し、被保証者が債務保証による経済的便益を享受している例が記載されています。
今後の実務では債務保証に関する契約書の内容を分析するだけではなく、債務保証による被保証者の経済的便益の享受を明確にするための分析を行うことで、ローカルファイルの品質が担保されると思われます。
また、3-8(6)では、債務保証委託取引によって用いることができる独立企業間価格の算定方法として、以下の3つの手法が例示されています。
実務ではイールドアプローチ又はコストアプローチを用いて算定することが多いと思われます。
改正前の 実務では、金融機関が提供する輸入取引の支払い保証に係る保証料を、比較対象取引として保証料率を算定する「スタンドバイLCアプローチ」も広く利用されていました。しかし、リーガルリスクやドキュメンテーションリスクなどの要素も保証料に反映されていると考えられるため、比較可能性が相対的に乏しいという欠点を有しています 。したがって、スタンドバイLCアプローチを用いて保証料率を算定している事業会社は、改正後の指針に則ってイールドアプローチ又はコストアプローチなどで保証料率を算定する必要があります。
改正後の指針3-7(3)及び3-8(7)で「キャッシュ・プーリング」の規定が追加されると同時に、事例集にも新たな事例が追加されています。一般的にキャッシュ・プーリングは、グループ内の余剰資金の有効活用や金融機関への支払利子の削減、グループ全体での財務ガバナンスの強化などを目的に導入されていますが、改正後の指針では、「財務管理機能に対する対価」、グループ内に生じた「プーリングベネフィット(共通便益)」の取扱いについて触れられています。
具体的には、取引銀行との交渉・調整やキャッシュ・プーリングの財務管理、参加者の口座残高の管理などの機能を担う拠点は、グループ内役務提供(IGS)に該当すると考えられるため、経済的又は商業的価値を有するのであれば対価が発生することになります。
また、プーリングベネフィットについて、「当該法人及び当該国外関連者が意図的に協調することにより生ずる当該企業グループ内の相互作用により当該法人及び当該国外関連者の支払うべき利息の減少又は受け取るべき利息の増加その他の便益」と定義づけ、プーリングベネフィットが生じていると認められる場合には、プーリングに参加する各当事者間で独立企業原則に基づき利益分割法を用いて合理的に配分されている必要があります。 改正前までの実務においては、貸付又は預金金利の側面のみでプーリングベネフィットを享受しているかどうかで検証していたケースが多かったのですが、今後はキャッシュ・プーリングによって稼得した口座利息や導入前後における受払い口座利息の差等を分割対象とし、財務管理機能の対価を差し引いたうえで、各参加者のキャッシュ・プーリング口座残高等に応じて配分し、参加者全員がプーリングベネフィットを享受していることが示されるように分析する必要があります。
OECD加盟国及び欧米諸国では、すでに改正後の指針の考え方と同様な税制や移転価格実務となっているケースが多く散見されるため、基本的には改正後の指針と整合していると考えられます。
一方で、アジア諸国においては金融取引に関する独自の税制等を設けているケースもあり、その場合は、リスク金額を算定して影響額を検証したうえ で、独立企業間価格を設定する必要があります。さらに、アジア諸国において、利子に係る源泉税の減免を目的とした租税条約の届け出を提出する場合、海外現地側で貸付金利に関する移転価格分析の資料を求められるケースも出てきており、今後、このような対応が広まる可能性も充分に考えられるため、独立企業原則に則った金利であることを説明できるように予め文書などを準備しておくことが望ましいでしょう。
金融機関からの借入れによる債務保証以外の保証類似行為(キープウェル契約、販売保証、履行保証など)についても、今後の税務調査において調査対象とされる可能性があるため、移転価格対応の検討が必要だと思われます。 金融取引に関する移転価格対応は改正後の指針をベースにしつつ、2022年版OECD移転価格ガイドラインの内容、もう一方の関連当事者国の税制や実務も踏まえて対応することが重要だと思われます。
本稿では、「移転価格事務運営要領」の改正ポイントと、今後の実務における留意点などを解説しましたが、いかがでしたか。「自社だけでは対応が難しそうだ」「そもそもどのように対応していけばよいのかわからず、イメージがわかない」など感じておられる事業会社は東京共同会計事務所の専門家に是非ご相談ください。
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なお、本稿の内容は監修者の個人的見解であり、当事務所の公式見解ではありません。記載内容の妥当性は法令等の改正により変化することがあります。本稿は具体的なアドバイスの提供を目的とするものではありません。個別事案の検討・推進に際しては、適切な専門家にご相談下さいますようお願い申し上げます。
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